化け物退治

 

むかーし、むかしの ことじゃった。

ある村はずれに古い寺があったそうじゃ。

その寺は、ばけものが出るといわれ、村人たちから大層恐れられておった。

ある夜のこと、道に迷うた旅の坊さまがこの寺におとずれた。

「おや、荒れた寺じゃなぁ。どれ、旅の疲れをいやすのに、寝床を借りるとしよう。」


坊さまは無人の寺に上がり込むと布団を見つけ、旅の疲れも手伝ってか瞬く間に眠りについたのじゃった。

しかし、真夜中を過ぎたころ「ゴーッ!」という山鳴りと、ぞっとするような冷たい風に眠りを邪魔された。

そして、しばらくすると「ドカーンッ!」と大きな物音に続き、「ズーッ!」と引きずるような音がして、何やら不気味な息づかいがすぐそばで聞こえてきた。

 

坊さまはそーっと薄目を開けてみた。

{なんじゃ〜、化け物ではないか。まるで今にもわしを食わんばかりの顔で見ておる。それにしても長くて でかい顔の化け物じゃ。はて、こりゃどうしたもんかのう?}

坊さまは考え、ひとまず、寝たふりをすることにした。

 

しばらくすると、また「ゴーッ!」と山鳴りに続き「ドカーンッ!」と音がして、外から声がしてきた。

「しんぼく殿は内にござるか?」

「ああ、内におる。わしの名を知るそなたは、どなたでござる?」

としんぼくと名乗るその化け物が答えると、

「とうほうは、ばこつでござる。」

「まあ、お入り。」

と、しんぼくが言うと、「ズーッ!」という風と共に、また化け物が入ってきた。

 

{なんじゃ、また一匹増えてしもうた。それにしてもまたこやつは大きな目をしておる。でかい顔がまるで馬のがい骨のようじゃ。}

ばこつと名乗った化け物は、しんぼくの隣に座り、また同じように今にも坊さまを食わんばかりの顔で舌なめずりをしておるのじゃった。

坊さまはなお、寝たふりを続け、様子をうかがうことにした。

 

するとまた、「ゴーッ!」と山鳴りがして、大きな「ドカーンッ!」という音が聞こえたかと思えば、外から声がしてきおった。

「しんぼく殿は内にござるか?」

「ああ、内におる。そない言われるのはどなたでござる?」

「きたは、おのこでござる。」

「まあお入り。」

 

また、化け物が入ってきた。

{今度の化け物は、まるで魚のような顔をしたやつじゃな。何とも大きな化け物じゃ。こやつもさっきの化け物の隣に座りよるのか。さ〜て、いかがしたものかのう?}

三つの化け物は、同じように今にも坊さまを食わんばかりに、じろ〜りじろりと覗き込み、口からよだれを垂らしておる。

坊さまはさらに様子を見ようと、辛抱して寝たふりを続けておった。

 

間もなく、「ゴーッ!」という山鳴りに続き、「ドカーンッ!」と音がして、外からまた声が聞こえてきおった。

「しんぼく殿は内にござるか?」

「ああ、内におる。そう言われるはどなたでござる?」

「さいちくりんは、いっそくのけちょうじゃ。」

外の主が応えた。

「まあ、お入り。」

「ズーッ!」という風と共に、また化け物が入ってきて並んで座った。

 

{今度の奴は、小さい頭の割に胴体のでかい化け物じゃ。首もやけに長いのう。}

四つの化け物は、黙ったまま坊さまをじろーりじろりと覗き込み、ただただ今にも食わんばかりによだれを垂らしておる。

坊さまはさらに我慢して、寝たふりを続けておった。

{だいぶん待ってみたが、これ以上化け物が増える様子もなさそうじゃな。ほれじゃ、よいしょっと。}

 

坊さまはおもむろにむんずと立ち上がると、驚く四つの化け物をぐるりと眺め渡した。

「どうやらこれで出そろったようじゃな。」

そして初めに出た化け物をむんずとにらみつけた。

 


「最初に出たお主は『しんぼく』というたな!わしの法力で見るに、そなたは椿の木でこしらえた槌じゃ。この地が栄えた時分に、わらじや草履を作るときに、藁をトントンと打った槌じゃ。それが村がさびれ、さびしゅうなって、この荒れ寺に住み着き、人を驚かすようになったんじゃな。何にしても化け物となるは心得ちがいの沙汰じゃ。消え去れ!」

そう言って坊さまは「ジャンッ!」と錫杖を振り下ろすと、「スポンッ!」と、小さな煙を残して『しんぼく』は消えてしまった。

 

二番目のお主は『とうほうは、ばこつ』と言うたな。とうほうは、東。ばこつは、馬の骨じゃ。そなたは村が栄えた折に、田や畑を耕し、村人や物を運ぶのに使われた馬じゃ。さびれたこの地で、むくろになったは気の毒じゃが、化け物になるとは不届き千万!消え去れー!」

坊さまが「ピシャッ」と錫杖を振り下ろすと、『とうほうは、ばこつ』は「スポンッ!」と消えてしもうた。

三番目のお主は『きたは、おのこ』と言うたな!北の池に飼われておった鯉じゃな。かつては村人に愛でられおったのが、忘れ去られてしもうたは不憫じゃ。しかし、化け物になったのはお門違いじゃ。消え去れー!」

『きたは、おのこ』も「スポンッ!」と消えていった。

四番目は、『さいちくりんは、いっそくのけちょう』と申したな。さいちくりんは、西の竹藪、そなたはそこに住んでおった鳥の化け物じゃ。村が栄えた折には、よき声、よき姿で人々を喜ばせておったのが、聴く者もおらんようになり、竹藪と共に朽ちてしもうたのじゃな。心惜しかろうが、化け物に成り下がるは、道理ならん!消え去れ―!」

とうとう四つの化け物は、坊さまの法力により、すっかり消えてしもうた。

「やれやれ、これでゆっくり眠れるわい。」
そう言うと坊さまは気持ちよさげに眠ってしまわれた。


次の朝、通りかかった村人たちが、坊さまが寺にいるのを見て驚いた。

「やれ、お坊さまぁ!こんなこえー寺に、よーも泊りなすったなぁ!化け物は出ませなんだかの!」

「出た、出た。ようけ出たぞ。次から次と四つも出よった。ひとまず退散させたが、このままじゃ、また悪さをしに出よる。すまんが、村のもんを集めてくれんかの。これから本当の化け物退治をせにゃならんでな。」

坊さまに言われ村人たちが集まった。

「なんじゃ、若いもんのおらん、ずいぶんさびれた村じゃのう。よかろう。それじゃ、化け物退治といこうか。」

 

「最初に出たは「しんぼく」という槌の化け物じゃ。皆の者、藁をうつ大きな槌をさがせ。」

坊さまの号令一喝で村人たちが村を探すことになった。しばらくすると、

「お坊さま、ありましたぞー!庄屋さまの物置き小屋に、こない大きな椿の木槌がありました!」

むこうで声が聞こえた。

 

村人たちは庄屋さまの家に集まり、椿の大槌を取り囲んで、口々に叫んだ。

「これが、化け物になって悪さをしよったんか。みんなで壊してしまえー!」

「待ちなされ!」坊さまが村の者をとめたのじゃ。

「そもそもこの椿の槌は、村が栄えておった頃に、大層役に立ったもんじゃ。それが、若い衆が減り、使うもんがおらんようになったからと言って、このように粗末に扱って良かろうはずもない。手厚く弔ってやるが本当じゃ。」

槌を寺まで運ぶと、坊さまの言われるままに、

村の者みんなで塚をこしらえた。

 

「二番目に出てきたんは、『とうほうは、ばこつ』と言うた。村の東に馬を葬ったところがあるはずじゃ。」

坊さまの言われる通り、石を置いた小山があり、掘り返すと馬の骨がいくつも見つかった。

「この馬たちは、田んぼでも荷物を運ぶのやら、皆を助けてきたはずじゃ。このようなところで忘れ去られるは、さぞ無念じゃろう。」

村の者たちは、馬の骨のためにも、寺に立派な塚をこしらえた。


「三番目の化け物は『きたは、おのこ』と言うた。村の北に鯉がおった場所があるはずじゃ。」

坊さまが言われる通り、村の北に捨て置かれた古池があって、さらうと鯉の死骸がたくさん出てきた。

「これは、村が栄えておった頃にみんなで飼っておった鯉じゃな。世話がするもんがおらんようになって、このような姿になっておるのは、かわいそうなことじゃ。」

鯉のためにも立派な塚が作られた。

 

「最後の化け物は『さいちくりんは、いっそくのけちょう』と言うておった。西の竹藪に鳥の亡骸があるであろうよ。」

皆で探すと朽ちた竹藪の一角に、鳥の骨がたくさん見つかった。

「かつては、その姿や鳴き声で村のもんたちを楽しませて、ともに過ごしてきた鳥たちじゃ。村がさびれ食うもんが減って、身を寄せ合ってむくろになったは、何とも不憫じゃ。」

鳥たちのためにも塚が作られた。

 

「これこのように、立派な供養ができて良かった。これこそが本当の化け物退治じゃ。使えなくなった物、助けてくれた家畜、ともに過ごしてきた命を粗末に扱っておったから、化けて出たんじゃ。これからは、物を大切に扱い、いらんようになった物にも感謝する気持ちを忘れてはいかんぞ。」

そう言うと坊さまは、村を後にして旅立っていった。


それからというもの、村の者たちは、物や家畜を大切にすることを肝に銘じ暮らすようになった。

物が壊れたり、家畜や犬ネコが死んだときには、必ず寺の塚に参る習慣ができた。いつしか、寺にも良い住職が来て、周りの村からも人々が塚参りに来るようになった。

村に住み着く若い者も増え、村はにぎやかに栄えていったそうじゃ。

 

おしまい

 

 
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